黒い絵とは?全14作品を一挙に解説|なぜゴヤは黒い絵を描いたのか?
投稿日:(金)
目次
こんにちは。WASABI運営事務局のジョージです。
西洋美術の中でも異端の存在とされるフランシスコ・デ・ゴヤ。
彼の作品群の中でも特に異質とされる、全14作品から構成される「黒い絵」シリーズ。
死、狂気、絶望、憂鬱、ゴヤの悲観的な内面に濡れた作品は、みる人の潜在的な恐怖に突き刺さるものばかり。
この記事では、「黒い絵」が描かれた背景、そして全14作品を一挙解説します。
「黒い絵」とは?
フランシスコ・デ・ゴヤ《食事をする二老人》1819-1823年
フランシスコ・デ・ゴヤの「黒い絵」は、彼が晩年に自宅「聾者の家」の壁に描いた14点の絵画シリーズです。1819年にゴヤがこの家を購入し、1820年から1823年にかけて壁画を描きました。
このシリーズは、黒を主体とした暗い色調の絵が多いことから「黒い絵」と呼ばれています。特に「我が子を食らうサトゥルヌス」は広く知られていますね。
これらの作品は、一般公開を目的とせず、ゴヤが個人的に自宅で描いた作品です。そのため、狂気や恐怖、人間の醜さなどゴヤの憂鬱で悲観的な内面が表現されています。
また、この現実と妄想の間のような表現から、超現実主義(シュルレアリスム)絵画の先駆けと評価されることもあります。
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フランシスコ・デ・ゴヤ
引用:フランシスコ・デ・ゴヤ
フランシスコ・デ・ゴヤ(1746年 - 1828年)は18世紀にスペインが誇る最も優れた画家の一人です。
ゴヤが広く認知されるようになったのは、彼が43歳で宮廷画家になった後のこと。
彼は初めてタピストリーのデザインを描き、その後肖像画で名声を確立しました。しかし、彼の真の才能は、重い病気を患い、完全に聴力を失った後に開花することになります。
彼の作品は、現実から離れた奇妙な「想像の産物」の絵画やエッチングから始まり、上流社会への風刺や戦争の恐ろしい現実を描いた作品へと進化しました。
「黒い絵」が描かれた背景
フランシスコ・デ・ゴヤ《1808年5月3日》1808年
宮廷画家として認められ、貴族の称号まで獲得し、人生の絶頂にいたゴヤ。なぜゴヤは「黒い絵」のような陰鬱としたシリーズの制作にのめりこんでいったのでしょうか。
その背景には、不安定なスペインの社会情勢、ゴヤが患った2つの大病、そして妻の死が関係しているのではないかと考えられています。
2つの大病
ゴヤは1792年に大病にかかり、その結果、聴力を完全に失ってしまいました。悲劇はこれにとどまらず、1818年には再び大病を患い、ゴヤは死の淵を彷徨うことになります。
この体験は彼の人間の生命の苦痛と苦悩への認識を深め、病気の再発に対する恐怖を募らせていきます。
不安定なスペインの社会情勢
ゴヤの活動期間中、スペインは政治的に不安定な時期を経験していました。フランス革命の影響が国際的に広まり、スペインもまた混乱の時期を迎えていました。
不安定な政治、残虐な内戦の渦中にいたゴヤは、その後、人類に対する悲観的なビジョンを描くようになります。
妻の死
ゴヤの個人生活もまた、彼の作品に影響を与えました。彼の妻が1812年に他界し、その後、彼はレオカーディア・ウェイスという女性と情事を進行させていました。
こうしたさまざまな悲観的な要素が混ざり合って、14点からなる「黒い絵」シリーズは制作されたと考えられています。
ゴヤの邸宅「聾者の家」
引用:ゴヤの「黒い絵」を全て紹介!不気味な黒い絵に囲まれて生活していた?
「聾者の家」は、ゴヤが宮廷画家を引退した後に移り住んだ場所で、彼が自由に創作活動を行うためのスペースです。ここで彼は、一般公開を目的とせず、自身の内面を表現した「黒い絵」を描き始めました。
しかし、「聾者の家」でのゴヤの生活は長くは続かず。
1823年に政治的な混乱が再びスペインを襲うと、ゴヤはフランスへと亡命しました。その後、「聾者の家」の「黒い絵」は、キャンバスに移され、現在はマドリードのプラド美術館で展示されています。
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【1階】聾者の家の「黒い絵」たち
1.レオカディア
フランシスコ・デ・ゴヤ《レオカディア》1819-1823年
聾者の家の玄関に入ってすぐ左に描かれた作品。
憂いを帯びた表情で絵を見る者に視線を向ける女性は、ゴヤの家政婦兼恋人であったとささやかれている「レオカディア・ワイス」。
実はこの作品、「黒い絵」シリーズ最後の作品であり、ゴヤが政治的な騒動や病に憔悴しきった時期に描かれたといわれています。
2.二人の老人
フランシスコ・デ・ゴヤ《レオカディア》1819-1823年
聾者の家の玄関に入ってすぐ右側に描かれた作品。
黒い背景に現れる、修道士の衣装を身に纏った二人の老人。前景に立つ身長の高い人物は、長い髭を蓄え、杖を手にしています。彼の隣には、風刺的な描写が施された、動物の顔を持つ人物がいます。
この人物は、他の人物の耳に向けて何かを叫んでいるように見えます。これは、ゴヤ自身が聴覚を失っていたことを巧妙に示しているのかもしれません。
3.食事をする二老人
フランシスコ・デ・ゴヤ《食事をする二老人》1819-1823年
聾者の家の玄関の真上に描かれた作品。
ある老人が寝ている老人に食事を与える様子が描かれています。
スプーンを持った老人の不穏な笑みからは、「与えずに独り占めしてしまおう」という思惑が伺えます。
描かれているのは「生者」であるはずですが、作品全体は、むせかえるほどの「死」に満ちているように感じます。
4.魔女の夜宴
フランシスコ・デ・ゴヤ《魔女の夜宴》1819-1823年
1階の左側に描かれた作品。
ヤギの姿をした悪魔が不気味で恐ろしい魔女集会で、月明かりの下にシルエットのように描写されています。
《魔女の夜宴》は西洋美術史においては、一般的に「迷信事に対する風刺表現」として引用される事が多く、ゴヤはおそらく当時のスペインにおけるスペイン異端審問を非難・風刺したものだといわれています。
5.サン・イシドロの巡礼
フランシスコ・デ・ゴヤ《サン・イシドロの巡礼》1819-1823年
1階の右側に描かれた作品。
さまざまな社会階層の人々が描かれており、前景には下層階級の人々、背景にはシルクハットと修道女の僧衣が見受けられます。
フランシスコ・デ・ゴヤ《サン・イシードロの牧場》1879年頃
実はこの作品は、ゴヤが30年前に描いた《サン・イシードロの牧場》とは対照的な視点で、同じテーマで描かれています。確かに、マドリードの伝統的な休日と都市の風景を描いた前作とは全く雰囲気が違いますね。
6.我が子を食らうサトゥルヌス
フランシスコ・デ・ゴヤ《我が子を食らうサトゥルヌス》1819-1823年
1階の左奥に描かれた作品。
そのインパクトと残虐さから、おそらく「黒い絵」シリーズの中で最も有名な作品でしょう。
ローマ神話ではサトゥルヌス、ギリシャ神話ではクロノスと呼ばれる時をつかさどる農耕の神。
「お前は自分の子どもの1人に倒される」という予言をおそれ、5人の子どもたちを生まれるたびに食い殺していくシーンが描かれています。
7.ユーディットとホロフェルネス
フランシスコ・デ・ゴヤ《ユーディットとホロフェルネス》1819-1823年
1階の右奥に描かれた作品。
美しき娼婦ユディトが、ホロフェルネス将軍を誘惑し首をはねたことでイスラエルを救った『ユディト記』の物語を、ゴヤが個人的に再解釈して描いています。
この「ユディト記」のワンシーンは、ゴヤだけでなく多くの著名な画家によって描かれたモチーフとしても知られています。
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【2階】聾者の家の「黒い絵」たち
8.砂に埋もれる犬
フランシスコ・デ・ゴヤ《砂に埋もれる犬》1819-1823年
2階の玄関側に描かれた作品。
鼻先を出し、ただくすんだ空を見上げる犬の姿には、自身の「生」に対しての無力感と諦観を感じられます。
《砂に埋もれる犬》には多くの解釈がありますが、主流な説は、人間の無益な抵抗を象徴しているというものです。犬が空を見上げ、奇跡を待つ姿は、自由を求めるものの結果を得られない人間の姿を表しているのでしょうか。
9.運命の女神達
フランシスコ・デ・ゴヤ《運命の女神達》1819-1823年
2階の玄関から見て左側に描かれた作品。
醜い容姿をした女神達は、左から糸巻き棒を持った「クロト」、命の糸を断ち切る鋏を持つ「アトロポス」、レンズまたは鏡を見ている「ラケシス」が描かれています。
この作品は、抗えない運命を表現しているといわれています。
中央の捕虜のような男性は、火を盗んだ罰として鷲からひどく痛めつけられたプロメテウスを表しているとのこと。
10.棍棒での決闘
フランシスコ・デ・ゴヤ《棍棒での決闘》1819-1823年
2階の左側に描かれた作品。
泥か砂の地面に膝まで埋められつつ、互いに棍棒を持って戦う2人の男を描いています。
人間の闘争とその結末を象徴しているといわれています。
人間の争いがどれほど無意味で自己破壊的なものであるか。スペイン独立戦争や内戦を間近に見てきた、ゴヤの心境が表れています。
11.アスモデア
フランシスコ・デ・ゴヤ《アスモデア》1819-1823年
2階の玄関から見て右側に描かれた作品。
絵の中には男性と女性の二人の人物が描かれており、彼らは恐怖に満ちた表情で空中を舞っています。
画面右下にはフランスの兵士が描かれ、遠くを歩く集団を狙っています。この集団は戦争から逃れる難民を描いた可能性があります。
12. サン・イシドロ泉への巡礼
フランシスコ・デ・ゴヤ《サン・イシドロ泉への巡礼》1819-1823年
2階の右側に描かれた作品。
人々がサン・イシードロ泉への巡礼を行う様子が描かれています。
しかし、ゴヤの描く巡礼者たちは、通常の宗教画とは異なり、恐怖や絶望に満ちた表情をしています。これは、ゴヤが自身の内面的な闘争や社会への批判を表現したものと考えられています。
また、この作品はゴヤの他の「黒い絵」シリーズと同様に、強烈な視覚的効果と独特の色彩使いが特徴です。これらの特徴は、ゴヤの深い内面世界と彼の時代の社会状況を反映しています。
13.読書 (解読)
フランシスコ・デ・ゴヤ《読書(解読)》1819-1823年
2階の左奥に描かれた作品。
中央の文書を取り囲むようにして、覗き込む6人の男性。
この作品は政治家の密会を描いた作品といわれています。だとすると、覗いでいる文書は、自分たちの批評でしょうか。
14.自慰する男を嘲る二人の女
フランシスコ・デ・ゴヤ《自慰する男を嘲る二人の女》1819-1823年
2階の右奥に描かれた作品。
狂人めいた笑みを浮かべた女たちが、絵の右側で自慰をしている愚鈍な男をあざ笑う姿が描かれています。
また、諸説ありますが、左側の女もまた自慰をおこなっているといわれており、批評家や歴史家たちはこの作品は「無益さ」や「不毛」を象徴していると考えています。
まとめ
いかがでしたか。
本記事では、ゴヤの「黒い絵」の全作品と描かれた背景について解説しました。
ゴヤの「黒い絵」は、彼の内面世界を赤裸々に描き出した作品群ではありますが、一般公開されなかったため、いまだに解釈が謎に包まれています。
今回ご紹介したのは、あくまでも批評家や歴史家の解釈です。
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