抽象表現主義|特徴や代表的な画家、表現主義との関係を解説
投稿日:2日前に更新

目次
「抽象表現主義」は、新しい芸術の形として大きな存在感を放っています。
キャンバスに絵具を飛び散らせた激しい作品から、巨大な色面が静かに並ぶ作品まで、表現の幅広さが特徴です。
今回は、20世紀のアートシーンを塗り替えた抽象表現主義の定義や歴史、そして代表的な画家たちの魅力を解説します。
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抽象表現主義の概要
抽象表現主義は、1940年代後半から1950年代にかけてアメリカのニューヨークを中心に巻き起こった芸術運動です。
最大の特徴は、具体的な対象を描くことではなく、画家自身の感情や精神あるいは「描く」という行為そのものを重視する点にあります。
まずは、抽象画がどのようにして生まれたのか、詳しく見ていきましょう。
抽象表現主義の定義

抽象表現主義の定義は、大きく二つの要素に分けられます。
一つは、特定の具体的な形を持たない「抽象」であること。もう一つは、画家の主観的な感情を重視する「表現主義」の流れを汲んでいることです。これらが融合することで、個人の内面や無意識の世界を、画面いっぱいに展開する新しいスタイルが誕生しました。
モチーフや物語という「説明」を削ぎ落とした結果、色と形、そして素材の質感だけで鑑賞者に直接訴えかける表現が確立されたのです。

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光輝くような色彩のかけらが重なる様子は、まるでカラフルな万華鏡を覗いているかのよう。水しぶきのような白い描線が躍動感をもたらしています。
成り立ち

出典 : The Space Between: Literature and Culture 1914-1945
この運動の源流にあるのが、第二次世界大戦中にニューヨークに亡命したシュルレアリスムの画家たちの影響です。
ブルトンやエルンストらが持ち込んだ、無意識に手が動くままに描く「オートマティスム(自動記述)」は、アメリカの若手画家たちに強い刺激を与えました。彼らはこの手法をさらに発展させ、巨大な画面に体全体で立ち向かうような、よりスケールの大きな表現へと進化させていったのです。
こうした革新的な画家たちのコミュニティは「ニューヨーク・スクール」と呼ばれます。彼らの活動によって、パリに代わる新たな芸術の発信地としてニューヨークが世界から注目されるようになりました。
時代背景

アドルフ・ヴィッセル 『カレンベルクの農民家族』 ドイツ歴史博物館
抽象表現主義が支持された背景には、第二次世界大戦による「既存の価値観の崩壊」があります。
悲惨な戦争の中、国家の意図を汲んだプロパガンダとしての写実絵画が主流となる一方で、人々は目に見える「綺麗な世界」をそのまま描くことに真実味を感じられなくなっていました。画家たちは、言葉や理屈では説明しきれない人間の根源的な精神性を「抽象」という形で追求し始めたのです。
また、戦後の冷戦構造もこの流れを加速させます。アメリカは、ソ連の社会主義リアリズムに対抗するため、抽象表現主義を「個人の自由を体現した芸術」として、民主主義の象徴に位置づけました。
このようにして、戦後の人々の精神的欲求と国家の戦略が重なり、抽象表現主義はニューヨークから世界へと広がっていきました。
抽象表現主義の特徴
抽象表現主義の作品が持つ魅力は、その圧倒的なスケールと、鑑賞者を包み込むような臨場感です。
具体的にどのような特徴があるのかを見ていきましょう。
技法

出典 : ArtWizard
代表的な技法の一つに、ジャクソン・ポロックが確立した「ドリップ・ペインティング」があります。
これは、キャンバスを床に敷き、その周囲を歩き回りながら絵具を滴らせたり、投げつけたりする手法です。筆を使わずに重力や手の動きを利用することで、画家の身体的なエネルギーが直接画面に記録されます。
一方で、マーク・ロスコのように巨大な色面を重ねる「カラーフィールド・ペインティング」も重要です。
広大な色彩の広がりによって空間を作り出す手法で、鑑賞者に内省的世界への深い没入感をもたらします。
どちらの技法も、従来の「描き方」という常識を覆し、素材と画家の対話を極限まで突き詰めた結果生まれたものでした。
表現主義との違い

アーシル・ゴーキー 『芸術家と母』ホイットニー美術館
20世紀初頭にドイツを中心に展開された表現主義と、抽象表現主義には明確な違いがあります。
ドイツ表現主義の多くは、キルヒナーやシーレに見られるように、現実の人物や街並みを歪ませたり、毒々しい色彩を使ったりすることで、内面の苦悩を表現しました。つまり、まだ「描く対象(具象的な形)」が画面に残っていました。
対して抽象表現主義は、その「対象」を完全に捨て去った点に革新性があります。画面に存在するのは線や色彩、そして画家の純粋なエネルギーだけです。
表現主義の流れを受け、より徹底的に「主観」を解放したのが抽象表現主義だといえるでしょう。
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表現主義とは|代表的な画家や音楽、映画、建築の特徴を解説
影響、評価

抽象表現主義の広がりによって、芸術の中心地はパリからニューヨークへと移っていきました。そして、その後のミニマリズムやポップアート、インスタレーションに至るまで、抽象表現主義が切り開いた「自由な表現」は、あらゆる現代アートの土台となっています。
美術市場においても、この時期の作品は高額で取引されます。単なる視覚的な新しさだけでなく、第二次世界大戦後の人類の精神的な葛藤を記録した歴史的資料としても評価されているのです。
また、ビジネスシーンやインテリアの分野でも、空間に力強いエネルギーや落ち着きを与えるアートとして、時代を超えて愛され続けています。
抽象画の作品特集
代表的な画家
ここでは、抽象表現主義において特に重要な5人の画家と、その代表作を紹介します。
ジャクソン・ポロック

出典 : Britannica
20世紀アメリカのアート界を一変させた、「アクション・ペインティング」の旗手です。
画面に中心を作らず、どこまでも均等に密度が広がる構成(オール・オーバー)は、伝統的な絵画の「構図」という概念を破壊しました。
ポロックは若くしてアルコール依存症に苦しみ、精神科での治療や分析を長年受けていました。断酒に成功していた数年間(1948〜1950年頃)に彼の代表的な傑作が集中していますが、有名になるにつれ増大したプレッシャーから再飲酒し、最期は飲酒運転による交通事故で44歳の若さでこの世を去りました。
『Convergence』

ジャクソン・ポロック『Convergence』バッファローAKG美術館
黒、白、赤、黄色、そして青が画面で複雑に絡み合い、層を成しています。
一見すると無秩序な混乱のように見えますが、じっと見つめていると、そこにはある種の調和と、ポロックがキャンバスの周りを踊るように動き回った軌跡が見えてきます。
1952年の冷戦真っ只中に制作されたこの作品は、あらゆる抑圧からの解放を象徴する作品として、自由を重んじるアメリカの精神を見事に体現しています。
パウル・クレー

出典 : ars mundi
スイス出身の20世紀を代表する画家であり、抽象絵画の先駆者の一人です。
音楽や数学の理論を絵画に応用し、独自の記号や色彩の階調で幻想的な世界を描きました。クレーはバイオリンの腕前もプロ級で、彼の抽象画は「見る音楽」とも称されます。
総合芸術学校バウハウスで教鞭を執り、クレーの講義録は現代のデザインや抽象画の基礎となっています。彼は、「絵画とは現実を写すものではなく、心の動きや生命のエネルギーを形にするものだ」と定義しました。
『赤のフーガ』

パウル・クレー 『赤のフーガ』パウル・クレー・センター
音楽家一家に育ち、自身もバイオリニストであったクレーが「音楽の視覚化」に挑んだ記念碑的な作品です。
独立した複数の旋律が絡み合う音楽形式「フーガ」をテーマに、図形で構成されたリズミカルな表現が展開されています。
クレーはここで、色の「階調(グラデーション)」という抽象的技法を駆使しました。具体的な対象物を一切描かず、色と形の反復だけで「視覚的な音楽」を構築した彼の作品は、抽象表現主義の先駆けとなりました。
ワシリー・カンディンスキー

出典 : DailyArt Magazine
抽象画の父として知られるロシア出身の画家です。
「音を聞くと色が見える」という共感覚を持っており、クレー同様絵画を「視覚的な音楽」として構築しました。彼の代表作に『コンポジション(楽曲)』という音楽用語のタイトルが多いのはそのためです。
彼が創設に関わった「青騎士」グループの活動では、フランツ・マルクと共に抽象表現主義の精神的な基盤を築きました。著書で色の心理的効果などを論理的に説き、感覚頼りだった芸術に新しい解釈を見出したことも特徴です。
『コンポジションVIII』

ワシリー・カンディンスキー『コンポジションVIII』グッゲンハイム美術館
数学的な正確さで配置された直線、円、三角形などの図形が、画面上でオーケストラのように調和しています。
特定の物体を描いてはいませんが、それぞれの色彩と形が互いに響き合い、まさに視覚的な音楽を奏でているかのようです。
この論理的でありながら感情に訴えかける構成力は、後のアメリカの抽象画家たちが「画面全体の構成」を考える重要な指針となりました。
マーク・ロスコ

出典 : Art Shortlist
ラトビア(当時はロシア帝国領)に生まれ、アメリカで「カラーフィールド・ペインティング」を確立した画家です。アクションを重視したポロックとは対照的に、静寂と精神性を重んじました。
彼は自分の絵を単なる色彩ではなく、人間の根源的な感情を表現したものだと定義します。鑑賞者が作品の前に立ったときに深く没入できるよう、作品を大きく描き、あえて低い位置に展示することを好みました。
絵画だけが並んだ礼拝堂を作り上げるなど、アートの新しい到達点を見出した存在といえます。
『ロスコ・チャペル(壁画)』

『ロスコ・チャペル』
テキサス州にあるこの礼拝堂は、内部をロスコの巨大な絵画14点によって囲まれています。
アートコレクターでもあった慈善家の夫妻から、「宗教や宗派を超えた瞑想空間」を依頼されたことにより誕生しました。
当初、建築家のフィリップ・ジョンソンが設計を担当していましたが、天窓の配置や建物の形状を巡ってロスコと対立。最終的にはロスコの意向が採用された設計となっています。
深い紫や黒が塗り重ねられたこれらの作品は、訪れた人に自分自身の深い内面と対峙させる力を持っています。
ピエト・モンドリアン

出典 : Wikipedia
オランダ出身のモンドリアンは、垂直線と水平線、そして三原色(赤・青・黄)と無彩色(白・黒・灰色)だけで構成される「新造形主義」を提唱しました。
ニューヨークに渡ってからは、街の活気やジャズの虜になり、そのリズムを画面に反映させました。具象的な要素を徹底的に削ぎ落とし、宇宙の普遍的な法則や調和を表現しようとしたのです。
彼のスタイルは、のちのバウハウスや現代の建築、ファッション、グラフィックデザインに多大な影響を与えました。
『大きな赤の色面、黄、黒、灰、青色のコンポジション』

ピエト・モンドリアン 『大きな赤の色面、黄、黒、灰、青色のコンポジション』ハーグ美術館

イヴ・サンローラン『モンドリアン・ルック』
モンドリアンが、独自の理論「新造形主義」を確立した1921年の記念碑的な作品です。
画面を構成するのは、垂直・水平の黒い線と三原色、そして無彩色のみ。各要素の面積や配置はミリ単位のバランスで計算されており、静止画でありながら画面全体にダイナミックな均衡とリズムを生み出しています。
このストイックなまでに純化された様式は、イヴ・サンローランによる「モンドリアン・ルック」としてファッションにも取り入れられました。
日本における抽象表現主義

出典 : Axel Vervoordt
アメリカで巻き起こった抽象表現主義の波は、1950年代の日本にも大きな影響を与えました。その中心的な役割を果たしたのが、吉原治良を中心に結成された「具体美術協会」です。
彼らは「人の真似をするな、今までにないものを作れ」というスローガンのもと、身体全体を使ったアクションや、物質そのものを活かした作品を次々と生み出しました。これはアメリカのアクション・ペインティングと共鳴するものでありながら、日本独自の精神性を宿したものでした。
具体のメンバーである白髪一雄は、天井から吊るしたロープに掴まり、床に広げたキャンバスの上で素足を使って絵具を引きずり回す「フット・ペインティング」で、爆発的なエネルギーを表現しました。
また、宇治山哲平は日本の伝統的な意匠や色彩を抽象化し、理知的な美しさを湛えた独自の世界を築きました。そして吉原治良の「円」シリーズは、禅の精神にも通じる潔さと力強さを持ち、世界的な評価を得ています。
このように、日本の画家たちはアメリカの影響を受けつつも、自らのルーツや思想を融合させ、独自の抽象表現を確立していったのです。
まとめ
抽象表現主義は、単なる「描かない絵」ではなく、人間の内面にある言葉にできないエネルギーや葛藤を、キャンバスに解き放った自由な芸術です。
ポロックの激しいアクションやロスコの静謐な色面など、その表現は多種多様ですが、いずれも私たちの魂に直接訴えかける力強さを持ちます。
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