表現主義とは|代表的な画家や音楽、映画、建築の特徴を解説

投稿日:(火)

表現主義

目次


美術史において、最も大きな広がりを見せた芸術運動の一つである「表現主義」。

それまでの写実的な美しさから脱却し、感情や魂の叫びをキャンバスにぶつけるそのスタイルは、現代のアートシーンにも多大な影響を与えています。

今回は、表現主義の特徴や代表的な画家、さらには分野を超えて「芸術とは何か?」という問いに向き合い続けたアーティストたちを紹介します。

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表現主義の概要

表現主義とは、20世紀初頭のドイツを中心に興った芸術運動です。

それまでの芸術が、「目に見える世界をいかに美しく・正確に再現するか」を重視したのに対し、表現主義は「自身の内面世界や主観的な感覚を表出すること」を最優先しました。

この流れは絵画の枠に留まらず、文学、音楽、映画、建築、演劇など、あらゆる文化領域に波及しました。

特徴

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー『冬のダボス』バーゼル美術館
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー『冬のダボス』バーゼル美術館

表現主義の最大の特徴は、現実の写実性から意図的に離れた、誇張された造形と強烈な色彩にあります。

画面に描かれるのは、実際の風景そのものではなく、作家の感性が捉えた心象風景です。不安や孤独、あるいは爆発的な喜びといった想いを視覚化するために、あえて形を歪ませたり、現実にはありえないような激しい色使いにしたりすることが多くなっています。

また、筆の跡をあえて残す荒々しいタッチも大きな特徴です。

湧き上がった感情をキャンバスに叩きつけたような躍動感が、表現主義の作品には宿っています。

成り立ち

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー『ブリュッケの画家たちの肖像』ヴァルラフ=リヒャルツ美術館
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー『ブリュッケの画家たちの肖像』ヴァルラフ=リヒャルツ美術館

表現主義は、19世紀末のポスト印象派などの影響を受けて誕生しました。

特に、色彩に強烈な主観を込めたゴッホや、人間の孤独や不安を視覚化したムンクは、表現主義の先駆者とされています。

彼らの手法を20世紀のアートへと繋げたのが、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーを中心とするドイツの芸術家たちです。1905年、キルヒナーは建築学校の仲間と共に、芸術集団「ブリュッケ」を結成しました。

当時のアカデミックな伝統芸術に反発を抱いていた彼らは、既存の価値観を打ち破る新しい芸術を模索します。

「ブリュッケ(Brücke)」という名前に、古い伝統と新しい時代を繋ぐ「橋」になりたいという願いを込めて、共同生活を送りながら創作活動に没頭しました。

続いて、ミュンヘンではヴァシリー・カンディンスキーやフランツ・マルクらによって「青騎士」というグループが誕生します。都会の孤独感を鋭く描いたブリュッケに対し、青騎士はより精神的、抽象的な世界へと向かいました。

これらがドイツ表現主義の二大潮流となり、後の抽象画へと続く道を作っていきました。

時代背景

1. 産業革命がもたらした閉塞感

1910年 フリードリヒ通りとウンター・デン・リンデンの交差点
1910年 フリードリヒ通りとウンター・デン・リンデンの交差点

19世紀末、ドイツは驚異的な速度で工業化・都市化を遂げました。

近代化によって人間が機械の部品のようになっていくことへの抵抗が、表現主義の作品には色濃く反映されています。
街を歩く無表情な人々や、冷たく尖った建築物の描写は、発展の代償に人間性が失われていく現実を鋭く批判していました。

また、華やかな大都市の裏側にある貧困、病気、売春といった社会問題も重要なテーマです。

人々が抱いた「目に見えない閉塞感」は、内面世界に向かう表現主義の土台となりました。

2. 第一次世界大戦前後の情勢

第一次世界大戦中、ガスマスクを着けた2人のドイツ兵とラバ、1916年
出典 : Rare Historical Photos

1914年のサラエボ事件を機に、世界は大戦に突入しました。

芸術家たちは、開戦前の不気味な緊張感や見せかけの平穏に対して、強い嫌悪を抱いていました。伝統的なアカデミズム絵画を否定し、あえて未完成に見えるような荒々しい表現を用いることで、現実の醜さから目を逸らす社会の欺瞞を告発しようとしたのです。

表現主義の作品に見られる特徴は、まさに彼らの「叫び」そのものだといえるでしょう。

3. ニーチェが与えた影響

フリードリヒ・ニーチェ
フリードリヒ・ニーチェ

キルヒナー達が結成したグループ名「ブリュッケ(橋)」は、哲学者ニーチェの著作『ツァラトゥストラはかく語りき』の一節に由来します。


人間の偉大さは、彼が一つの橋であって、目的ではないということにある”

彼らは、古い芸術(過去)から、まだ見ぬ新しい芸術(未来)へと渡る「橋」になろうとしたのです。ニーチェの言葉は、彼らにとってグループのアイデンティティそのものでした。

社会を恨み、批判するだけの「怨恨(ルサンチマン)」に留まるのではなく、その葛藤さえも芸術へと昇華し、自らの意志で新たな価値を創造する「超人」を目指す。ニーチェが説いたそのような精神性が、表現主義にとっての指針となっていました。

表現主義と抽象表現主義

ジャクソン・ポロック 『コンバージェンス』 バッファローAKG美術館
ジャクソン・ポロック 『コンバージェンス』 バッファローAKG美術館

表現主義が切り拓いた「内面の表出」という道は、ドイツ国内に留まらず、フランスのフォーヴィスム(野獣派)などと共にヨーロッパ全土のモダニズムを加速させました。

その精神を最もダイレクトに引き継いだのが、第二次世界大戦後のアメリカで誕生した抽象表現主義です。ジャクソン・ポロックのように、具体的な対象を一切捨て、色彩やアクションそのもので内面を描く手法は、表現主義による「主観の解放」があったからこそ成立しました。

この「感情を色彩や形で象徴的に表す」という手法は、現代のデジタルアートやデザインの世界にも受け継がれています。

表現主義の代表的な画家

ここでは、表現主義を代表する画家たちの作品をご紹介します。

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー
出典 : HISTORYNET

キルヒナーは、芸術家グループ「ブリュッケ」の創設メンバーであり、ドイツ表現主義の最も重要な画家の一人です。

大学で建築学を専攻していたキルヒナーは、画面構成においても極めて高い構築力を持っています。また、木版画にも深く傾倒し、その「彫り跡」のような力強い線のスタイルを油彩に持ち込みました。

第一次世界大戦で自発的に従軍するも、心身を病んで離脱。後にナチスから「退廃芸術」の烙印を押され、多くの作品を没収・破壊された末、1938年に自ら命を絶ちました。

『街頭、ドレスデン』 

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー 『街頭、ドレスデン』 ニューヨーク近代美術館
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー 『街頭、ドレスデン』 ニューヨーク近代美術館

群衆で溢れる都会の風景を、現実とはかけ離れた毒々しい色彩で描いています。

ピンク色に塗られた道は、当時の人々が感じていた社会への違和感や、文明が生み出した非自然的なエネルギーを象徴しています。

中央に佇む女性たちの虚ろな表情から、近代都市における人間疎外と孤独が伝わってくるようです。

フランツ・マルク

フランツ・マルク
出典 : WIKIMEDIA COMMONS

フランツ・マルクは、ドイツ表現主義の中でも「青騎士(ブラウエ・ライター)」というグループをカンディンスキーと共に立ち上げた中心人物です。

都会の喧騒を描いたキルヒナーとは対照的に、自然や動物の中に神聖な精神性を見出そうとしました。また、彼は色彩にそれぞれ象徴的な意味を持たせ、独自の理論を展開したことでも有名です。

人間中心の世界を離れ、動物の視点から世界を再定義しようとした彼の試みは、絵画が具象から抽象へと向かうターニングポイントとなりました。

『青い馬 Ⅰ』

フランツ・マルク 『青い馬 Ⅰ』 レンバッハハウス美術館
フランツ・マルク 『青い馬 Ⅰ』 レンバッハハウス美術館

マルクにとって、青は神聖な精神性や男性性、黄色は女性的な穏やかさ、赤は物質的な重苦しさを表していました。

画面に大きく描かれた青い馬は、現実の馬を写生したものではなく、宇宙の真理や純粋な魂そのものを表現しています。

表現主義が具体的な形を離れ、抽象へと向かっていく転換点を示した重要な作品です。

エゴン・シーレ

エゴン・シーレ
出典 : Thought.co

オーストリア出身のシーレは、人間の生々しいセクシュアリティや死の予感を、鋭い目線で描き出しました。

ウィーン分離派の巨匠グスタフ・クリムトに才能を見出されながらも、師の優美な装飾性から脱却し、感情を曝け出す独自のスタイルを確立します。

確かな描写力で唯一無二の表現を築きましたが、スペイン風邪によりわずか28歳の若さでこの世を去りました。

『死と乙女』

エゴン・シーレ 『死と乙女』 ベルヴェデーレ宮殿
エゴン・シーレ 『死と乙女』 ベルヴェデーレ宮殿

死神を思わせる瘦せこけた男と、か細い腕でそれにしがみつく女性。2人の姿は、シーレ自身と恋人ヴァリーがモデルになっています。

ヴァリーと別れ他の女性との結婚を決めていたシーレは、愛の終焉、生への執着、そして戦争がもたらす死の予感を複雑に絡め、この一枚に表現しました。

自己愛と自己嫌悪の狭間で揺れる彼の作品は、表現主義の本質である「魂の曝露」をグロテスクなまでに体現しています。

絵画以外の表現主義

表現主義の波は絵画の枠を超え、あらゆるジャンルに浸透しました。

それぞれの分野で、どのような特徴があったのか見ていきましょう。

フランツ・カフカ(文学)

フランツ・カフカ
出典 : deutschland.de

文学においては、フランツ・カフカが表現主義的な作家の筆頭に挙げられます。

代表作『変身』のように、「ある朝目覚めたら巨大な虫になっていた」という不条理な設定は、個人の内面的な悪夢や孤独を具現化したものです。

合理的な説明を拒絶し、心理的な真実と個人の無力感を追求するスタイルは、表現主義の精神そのものです。

アーノルト・シェーンベルク(音楽)

アルノルト・シェーンベルク
出典 : ODRADEK

音楽の世界では、シェーンベルクが従来の無調音楽を発展させました。

心地よいメロディや伝統的な和声の調和を否定し、不協和音を積極的に用いることで、人間の意識下に眠る複雑な感情や、言葉にできない恐怖を音に変換しました。

これは絵画における色彩の解放に近しい動きであり、聴き手の感情を直接的に揺さぶる実験的な試みでした。

『カリガリ博士』(映画)

カリガリ博士
カリガリ博士
ロベルト・ヴィーネ『カリガリ博士』より(出典 : Doom Cinema)

1920年に公開されたドイツ映画『カリガリ博士』は、映画における表現主義の金字塔です。

セットの背景はあえて歪んだ遠近法で描かれ、壁には不自然な影が直接書き込まれました。光と影の極端なコントラストは、登場人物の狂気や不安を増幅させます。

物語の内容だけでなく、視覚的な歪みそのものが心理描写となるこの手法は、後のホラー映画やサスペンス、フィルム・ノワールにも影響を与えたとされています。

バウハウス(建築)

バウハウス(デッソウ校舎)
バウハウス(デッソウ校舎)

後に機能主義へと舵を切る総合芸術学校バウハウスも、その初期段階では表現主義的な傾向を強く持っていました。

バウハウスにはクレーやカンディンスキーといった表現主義・抽象画の大家たちが教官として招かれました。ガラスや鉄、コンクリートといった新しい素材を用いながらも、そこに人間の魂の形や精神性を反映させようとする試みがなされていたのです。

アインシュタイン塔などに見られる動的なフォルムは、建築に生命を吹き込もうとした表現主義建築の代表例です。

しかし、時代が進むにつれ、ナチス政権による弾圧が強まります。ヒトラーは、表現主義を含む多くのモダンアートを、ドイツの精神を汚す退廃芸術として糾弾し、作品を没収・破壊しました。

多くの芸術家たちが亡命を余儀なくされ、自由な表現を謳歌した表現主義の黄金時代は終わりを迎えました。

まとめ

表現主義は、単なる美術のスタイルではなく、激動の時代を生きた人々の魂の叫びそのものでした。

目に見える美しさや表面的な調和よりも、心の奥底にある主観的な真実を優先した彼らの姿勢は、現代のアート作品に脈々と受け継がれているのです。

WASABIでは、個性豊かなアーティストたちの作品を幅広く取り扱っています。
ぜひお気に入りの一枚をお部屋に飾って、彼らのエネルギーを感じてみてください。

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