【古代エジプト美術】起源や絵画の特徴、「死者の書」まで解説

投稿日:7時間前に更新

エジプト 美術

目次

時を越え、今なお私たちを魅了してやまない古代エジプト美術

その美しさは、単なる装飾ではなく、永遠の命を手に入れるための「実用的な装置」として磨き上げられました。

今回は、古代エジプト美術の特徴や神々など、死生観に基づく表現の魅力を解説します。

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古代エジプト美術の概要

古代エジプト
出典 : World History Encyclopedia

古代エジプト美術とは、紀元前3000年頃から紀元前30年頃まで、ナイル川流域で発展した独自の造形文化を指します。

その最大の特徴は、「変化しないこと」にあります。ギリシャやローマの美術が写実性を追求し時代とともに変化したのに対し、エジプト美術は厳格なルールを数千年にわたって維持し続けました。

これは、美術が個人の自己表現ではなく、一言でいえば宗教的な装置としての役割が強かったためです。

場所と発祥

ナイル川
出典 : SciTechDaily

古代エジプト文明は、ナイル川の定期的な氾濫がもたらす豊かな土壌によって支えられました。

洪水の後に肥沃な大地が生まれるという自然のサイクルが、エジプト人に「再生」と「不滅」という独自の死生観を植え付けます。ナイル川の西岸は日が沈む場所として「死者の土地」とされ、そこに王(ファラオ)の墓であるピラミッドや壮大な神殿が築かれました。

ピラミッドはその巨大な構造自体が王の権威を示すモニュメントであり、内部に施された装飾はすべて死後の魂を支えるためのものでした。

時代区分と代表的な作品

古代エジプトの歴史は非常に長く、美術史上で特に重要な時期としては大きく3つに分けられます。それぞれの時代において、表現スタイルは一貫しながらも、その規模や技術は進化を続けました。

ここでは、主要な時代と代表的な王、作品の変遷を簡単にまとめます。

古王国時代

B.C.2686年頃~B.C.2181年頃

『ギザのピラミッドと大スフィンクス』
『ギザのピラミッドと大スフィンクス』 ニューヨーク公共図書館

ピラミッド建設の黄金期です。クフ王によってギザの大ピラミッドが建造され、威厳に満ちた巨大な彫像が数多く作られました。

この時代の美術は、王の絶対的な権威を象徴する重厚な美学が特徴です。

中王国時代

B.C.2040年頃~B.C.1782年頃

『シトハトホルユネト王女の胸飾り(ペクトラル)』メトロポリタン美術館
『シトハトホルユネト王女の胸飾り(ペクトラル)』 メトロポリタン美術館

内省的な表現が増え、より人間味のある肖像彫刻や精巧な装飾品が目立つようになります。

古王国時代の厳格さに加え、個人の感情や細やかな装飾性が重んじられるようになった時代です。

新王国時代

B.C.1550年頃~B.C.1070年頃

『ツタンカーメンの黄金のマスク』カイロ・エジプト考古学博物館
『ツタンカーメンの黄金のマスク』 大エジプト博物館

ツタンカーメンやラムセス2世が統治し、黄金のマスクに象徴される豪華絢爛な美術が頂点を極めた時代です。

特筆すべきは、伝統的な型を一時的に打ち破り、王の身体的特徴や家族の情愛をありのままに描いた「アマルナ美術」の登場です。この写実的な試みは、後の時代の表現に独自の繊細さと人間味を加えました。

末期王朝期のエジプトは、アレクサンダー大王の遠征を経てギリシャ文化と邂逅します。その後プトレマイオス朝期にかけて、伝統的なエジプト様式と優美なギリシャ様式が融合した独特の美術が花開きました。

そして、クレオパトラ7世の死をもって3000年続いたファラオの歴史は幕を閉じ、古代エジプト美術も収束を迎えたのです。

共通する特徴

『ナクトの墓の壁画:農作業の風景(模写)』メトロポリタン美術館
『ナクトの墓の壁画:農作業の風景(模写)』 メトロポリタン美術館

エジプトの絵画には「正面性の法則」という独特の視点が存在します。顔は横を向いているのに目は正面、胸も正面で足は横を向くという描き方は、対象を最も特徴的な角度から組み合わせて表現するための知的なルールでした。

また、色彩にも意味が込められており、男性の肌は赤褐色、女性は黄色、再生を表す神には緑を用いるといった象徴性が徹底されています。さらに、遠近法ではなく人物の重要度で大きさを決める表現が用いられ、王は常に最も大きく、部下や民衆は小さく描かれました。

素材面では、錆びることのない「金」が神の肉体として尊ばれ、青色の貴石であるラピスラズリや天然の粘土顔料であるオーカーが、永遠の輝きを表現するために多用されました。

古代エジプト美術の構成要素

古代エジプト美術はさまざまな形態で現代に残されていますが、それらはすべて「死者の魂を保護し、来世へ導く」という目的のために作られました。

ここでは、それぞれの構成要素が持つ役割と、代表的な作品を紹介します。

壁画

ネフェルタリ王妃の墓
ネフェルタリ王妃の墓

壁画には、墓の主が来世で必要なものを供給し続けるという目的があります。

古代エジプトの信仰では、図像が儀式を通じて実体化すると信じられていました。死者が来世で飢えることなく、生前と同じ豊かな暮らしを維持できるよう、農耕や宴会の様子などが描かれたのです。

新王国時代のネフェルタリ王妃の墓に見られる壁画は、その鮮やかな色彩と繊細な線画で「古代エジプト美術の頂点」と称えられています。

王妃が神々に迎え入れられる様子が、衣服のひだや装飾品とともに細部まで描き込まれており、当時の高度な絵画技術がうかがえます。

黄金のマスク(仮面)

『ツタンカーメンの黄金のマスク』カイロ・エジプト考古学博物館
『ツタンカーメンの黄金のマスク』 大エジプト博物館

古代エジプト美術の象徴とも言えるのが、黄金のマスク(仮面)です。

マスクは、死後の魂が迷わず肉体に戻るための目印であり、顔を永遠に保存する実用的な役割を担っていました。金は「神の肉体」、青い装飾は「神の髪」を象徴しており、これらを身に纏うことで王を神へと昇華させる意味も持ちます。

ツタンカーメンは、新王国時代にわずか9歳で即位し、19歳頃に若くして没したファラオです。1922年にほぼ無傷の状態で墓が発見されたことで、一躍世界で最も有名な王となりました。

このマスクは、2025年11月より大エジプト博物館にて公開されています。

『パシェド・エン・ホルの棺』 ブルックリン美術館
『パシェド・エン・ホルの棺』 ブルックリン美術館
『パシェド・エン・ホルの棺』 ブルックリン美術館

死者の肉体は、マトリョーシカのように重なる複数の棺に納められました。

特に中王国時代以降の木製棺には、内面にも呪文や神々の姿がびっしりと描かれています。これは、死者が目覚めて最初に見る光景を神聖なもので満たし、異界の魔物から身を守るためのものでした。

こうした棺の内側に記された「棺銘文(コフィン・テキスト)」が、後の新王国時代にパピルスへまとめられる「死者の書」の原形となりました。

単なる美術的な装飾ではなく、来世での安全な再生を保証しようとした、古代エジプトの信仰が反映されています。

装飾品

『ウジャトの目(ホルスの目)のアミュレット』 ボストン美術館
『ウジャトの目のアミュレット』 ボストン美術館
『ツタンカーメンのスカラベ・ブレスレット』 カイロ・エジプト考古学博物館
『ツタンカーメンのスカラベ・ブレスレット』 カイロ・エジプト考古学博物館

装飾品は、単なる美しさを超えた「魔除け」の役割を持っていました。

代表的なウジャトの目は、ハヤブサの頭を持つ神ホルスが戦いで失い、後に知恵の神トトによって修復された左目を象ったもので、「完全な状態、癒やし、再生」を表しています。

また、再生の象徴として重要なのが、フンコロガシを形取った「スカラベ」の装飾品です。糞を転がして球体を作る姿を、太陽を運ぶ神の動きになぞらえ、魂の復活を助ける聖なる存在として崇めました。

こうした装飾品は死後の備えに留まらず、日常のアクセサリーとしても愛用されていました。金や宝石、ファイアンス(陶器)などを使った美しいデザインは、現代でもなお輝きを放っています。

ヒエログリフ

ヒエログリフ
出典 : Egyptra Travel
『ロゼッタストーン』 大英博物館
『ロゼッタストーン』 大英博物館

象形文字であるヒエログリフは、それ自体が洗練されたアートといえます。

一つひとつの記号が鳥や道具、人間の形をしており、絵画の中に違和感なく溶け込んでいます。しかし、単なる「絵」ではなく、一文字が特定の音を表す表音文字と、意味を補足する決定符が組み合わさった、論理的で複雑な体系を持つ言語でもありました。

この神秘的な文字を解読する鍵となったのがロゼッタ・ストーンです。同じ文章が民衆文字(デモティック)、ギリシャ語でも刻まれていたこの石碑の発見が、ヒエログリフの解読に大きく貢献しました。

美術と記録が高度に融合したヒエログリフは、情報を伝える実用性と装飾性を同時に成立させていたのです。

古代エジプトの神々

古代エジプト美術を彩る神々は、動物と人間を組み合わせた独特の姿です。

彼らの外見や持ち物には、それぞれの司る力や物語が視覚的に表現されています。

アヌビス

アヌビス
出典 : Egypt Museum

ジャッカルの頭を持つ姿で描かれる、ミイラ作りの守護神です。

死者の魂を審判の場へ導き、心臓の重さを量る天秤を監視する役割を担います。

主に黒い姿で描かれますが、これは肥沃なナイルの土、つまり再生の色を意味しています。また、アヌビスが持つ黄金の杖や首飾りは「不滅」を象徴します。

ラー

ラー
出典 : Reddit

ハヤブサの頭上に太陽円盤を載せた姿で表現される、最高神の姿です。

太陽は毎日沈んでは昇るため、死と再生のサイクルの象徴とされました。

ホルス神(王権の守護神)と似ていますが、見分けるポイントは頭上の太陽円盤と、そこに巻き付くコブラ(ウラエウス)です。このコブラが王の敵を焼き払うといわれています。

バステト

バステト
出典 : TheCollector

猫の頭を持つ姿で知られる愛と豊穣、そして家庭の守護神です。もともとは獰猛な雌ライオンの姿(セクメト神と同一視)で描かれていましたが、時代とともに穏やかな猫の姿へと変化し、人々に親しまれる存在となりました。

壁画や彫像では、手に「シストルム」という楽器や、魔除けの「ウジャトの目」が刻まれた盾を持っていることが多く、音楽やダンスを司る神としての側面も持っています。

メジェド

メジェド
出典 : Journal of Geek Studies

「死者の書」の挿絵に現れる、目と足だけが露出した布を被ったような姿の神です。

その正体はほとんど謎に包まれていますが、名前には「打ち倒す者」という意味があり、オシリス神の敵を目から放つ光や火で焼き尽くす、強力な守護者であると記されています。

このような神々の姿は、現代のキャラクターデザインにも通じるシュールな魅力を持ち、アニメやグッズなどが今なお根強い人気を集めています。

冥界のガイドブック「死者の書」

死者の書
出典 : Patrimonio Ediciones

古代エジプト人にとって、死は終わりではなく「永遠の生」への始まりでした。

その旅路を支えたのが、美術と信仰が融合した書物「死者の書」です。ここからは、その役割や内容を詳しく見ていきましょう。

成り立ちと変遷

ピラミッド・テキスト
出典 : Ancient Origins

古代エジプトの死生観は古王国時代からすでに確立されており、「死者の書」のかたちは以下のような変遷を辿りました。

① ピラミッド・テキスト:
古王国時代、王のピラミッドの壁に刻まれたもの。「王=地上に降りた神」という信仰を完結させる目的があった。

② コフィン・テキスト:
中王国時代、王だけでなく貴族などの棺(コフィン)の内側に直接書かれたもの。

③ 死者の書:
新王国時代以降、パピルスに書かれ、一般の人々(富裕層)も利用できるようになったもの。死を間近にした本人や遺族の注文に応じて、書記官が作成した。

役割と内容

『アニの死者の書』 大英博物館
『アニの死者の書』 大英博物館

「死者の書」は、死者が冥界の難所を突破し、楽園へと辿り着くための呪文集です。

特に有名な「心臓の計量」の場面では、死者の心臓が真理の女神マアトの羽と天秤にかけられ、生前の行いが裁かれる様子が描かれています。

裁判の際、死者は神々の前で「私は盗みをしていない」「嘘をついていない」といった「否定告白」を宣言しなければなりませんでした。これに失敗すると怪物アメミットに心臓を食べられてしまうため、うまく弁明し、呪文の力で楽園へ行くためのマニュアルとして棺に納められたのです。

このような概念が、後のキリスト教などにおける「天国と地獄」「最後の審判」という考え方に大きな影響を与えたという説があります。

例えば、初期のギリシャ神話やユダヤ教では「死者は全員暗い地下に行く」という考えが一般的でした。古代エジプトの影響を受ける中で、「善人は楽園へ、悪人は破滅へ」という二分法的な倫理観が周辺地域へ浸透していったと考えられています。

魂を構成するかたち

アニのパピルス
出典 : Wikimedia Commons

古代エジプトにおいて、人間は単一の存在ではなく、複数の要素が組み合わさって構成されていると考えられていました。

「死者の書」に記された呪文は、死後に離散してしまうこれらの要素を再び結びつけるためのものでもあったのです。


・カ(Ka):生命力・精霊
肉体にとどまるエネルギー。これが存続するために、供物や肉体の代わりとなる「彫像」が必要とされた。

・バ(Ba):人格・意識
人間の頭を持つ鳥の姿で描かれ、墓の外と中を自由に行き来すると考えられた。

・アフ(Akh):祝福された死者
「カ」と「バ」が審判を経て無事に融合し、楽園にたどり着いた後の「光り輝く霊体」の状態。

・アブ(Ib):心臓
感情や思考、知性の宿る場所。死後の審判(心臓の計量)で天秤にかけられるのは、この部分。

・レン(Ren):名前
名前が消えない限り、その人は存在し続けると信じられていた。壁画やカルトゥーシュ(王名を囲む枠)に名前を刻み込むのは、永遠の命を維持するため。

・シュト(Sheut):影
影は常に持ち主に付き従い、決して離れないことから「不滅の分身」のように捉えられた。

パピルスと世界最古の彩色技法

パピルス
出典 : Earth Island Institute
古代エジプト 顔料
出典:大英博物館

画材には、ナイル川に自生するパピルス草から作られた世界最古の紙が使われました。制作にあたっては、熟練の書記がリード(葦)のペンを使い、赤や黒のインクで聖なる文字を書き込み、絵師たちが鮮やかな挿絵を加えました。

絵具には、酸化鉄を含むオーカー(黄土)や、人類最初の合成顔料である「エジプシャン・ブルー」が使用されています。

数千年の年月を経ても色褪せることのないこれらの色彩は、古代エジプト人が持っていた高度な化学知識と、類まれなる色彩感覚を現代に鮮明に伝えています。

まとめ

古代エジプト美術の大きな特徴である「一貫性」は、徹底した死生観と信仰から生まれました。死後の永遠を保証するためには、様式が正しく守られている必要があったのです。

古代エジプト美術は単なる装飾ではなく、永遠の命を願う切実な祈りと、高度な技術が融合した結晶です。

数千年の時を経てもなお、その色彩や造形が人々の心を惹きつけるのは、彼らが描いた「美」が、人間にとって普遍的な「生への願い」そのものだからかもしれません。
 

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