描きたいのは“記憶の器”【アーティスト・和佳香インタビュー①】50代で夢を叶えた歩みと未来
投稿日:9時間前に更新

目次
子どもの頃に抱いた憧れや、叶えたかった夢はありますか?
年齢に関わらず、心から「やりたい」と思ったときこそ、きっと一歩を踏み出す最高のタイミング。「好き」という純粋な想いの中に、自分らしく生きる指針があるはずです。
今回お話を伺ったのは、50代で「画家になる」という長年の夢に再び歩み出した、アーティストの和佳香(わかこ)さん。
個展への挑戦を決意した背景や、こだわりの絵画技法、そして私たちが豊かに毎日を重ねていくための秘訣をじっくりと伺いました。
聞き手・構成:WASABI編集部(シナモリ、JOJI YAMADA)
和佳香とは
紹介・経歴はこちら
和佳香(わかこ)は、東京都出身・在住のアーティスト。
天然鉱物や水彩絵具を組み合わせた技法を用い、花や植物を中心に表現している。
【略歴】
横浜美術大学グラフィックデザイン 卒業
バンタンデザイン研究所イラストレーション 卒業
セツ・モード・セミナー 卒業
2023年|第49回東京展 出展
2025–2026年|個展2回・グループ展2回開催
2026年|BECK’S COFFEE SHOP 丸の内南口にて作品展示中
アーティスト活動に至るまで

-まずは、現在の活動に至るまでの経緯をお伺いします。最初に絵を描き始められたのはいつ頃でしょうか?
和佳香:描き始めたのは、物心ついた時からですね。とにかく絵を描くことが大好きでした。
母はとても絵が上手で。3歳の頃、母が描いてくれたお姫様の絵を見て、「私もお母さんみたいに描きたい!」と、一生懸命真似して頑張ったのをよく覚えています。
小学校に上がってからは、ずっと「将来は漫画家になりたい」と思っていました。
-漫画家ですか!
和佳香:そうなんです。小学生ながらペンやインク、原稿用紙まで買い揃えて描いていました。中学生の頃には「高校生になったら絶対にデビューするぞ!」という強い気持ちを持っていて。当時は高校生で漫画家デビューするのが一種のトレンドだったんですよね。
実は、出版社の養成所のようなところにも通っていたのですが、結局そこでのデビューは叶いませんでした。それでも「絵を仕事にしたい」という気持ちは揺るがなかったので、美術大学への進学を決めました。
画家、漫画家、イラストレーター…どんな形でもいいから、絵に携わる仕事がしたかったんです。
-美大では何を専攻されていたのでしょうか?
和佳香:グラフィックデザインです。当時はまだ完全に手描きで、文字のレタリングなどもひたすら模写をして技術を磨きました。
大学を卒業したあとは、アパレル企業に就職しました。もともとファッションも好きでしたし、社内で広報誌を作る仕事に携わりたくて。
ただ、働きながらも「絵を描く場所に身を置きたい」「もっと技術を学びたい」という気持ちが募っていき、仕事終わりに夜間の「バンタン(デザイン研究所)」に通い始めました。
-お仕事をしながらだと大変ですよね。
和佳香:しばらく通っていたんですけど、やっぱり日中に絵を描ける職業に就きたいと思って。会社を辞めて、「セツ・モードセミナー」という、長沢節さんが設立した学校に通いました。大人気だったのですが、入学者を決める抽選に当たったんです。
-えっ、抽選なんですか!
和佳香:そう(笑)。パリのモンマルトルの丘にあるような、先生の自宅兼アトリエなんです。先生もパリが大好きで、よく行ってらっしゃって。そこで、イラストレーター、画家になるために勉強しました。
デザイン事務所にもアルバイトで入って、広告の挿絵などを描かせてもらっていました。

その後に結婚して娘が生まれてからは、絵のお仕事自体は少しお休みしていたんです。でも、娘と一緒に何かを作ったり、絵を描いたりするのが本当に好きで。子どもの絵って、大人には真似できない独特の感性があって素敵なんですよね。
「この絵を見ながら描いてごらん、お母さんも一緒に描くから」と声をかけると、いつも大喜びで取り組んでくれました。その時の色使いや表現が、はっとするほどおしゃれで、新鮮な刺激をもらっていたのを覚えています。
そうして娘が小学生になったタイミングで、「子どものための絵画教室を開いてみよう」と思い立ちました。近所の親御さんたちも「楽しそう!ぜひ習わせたい」と言ってくださって、自宅の一室で小さなアトリエをスタートすることになりました。
子どものために開いた絵画教室が転機に

-絵画教室を開かれたのが2004年なんですね。
和佳香:そうです。色んな仕事をしましたが、基本的には絵やデザインという「好きなこと」の軸はブレませんでした。
子どもの絵画教室は現在も続けています。今、大人の世界でも「アート思考」という言葉がよく使われていますよね。私は子どもたちに、絵の制作を通して「画家のひらめきや感覚」を養ってもらいたいと思っているんです。
子ども達が「こんな表現をしてみたい」という想いを形にできるよう、教室では名画の模写をしたり、過去の素晴らしい作品をお手本にしたりしています。
そうやって画家の技法やアプローチを学びながら、いずれ自分自身の好きな表現方法に結びついてくれたらいいな、という想いで指導しています。
ー 素晴らしいですね!私が子どものころにその教室が近くにあったら、ぜひ通いたかったです。
和佳香: ありがとうございます(笑)。実は私の娘も中学校に入るくらいまで、ずっと教室で絵を描いていたんです。一緒に取り組むうちに「子どもってこういう気持ちなんだな」とよく分かるようになったので、今の教室の形があるのは娘のおかげでもありますね。
「こうアプローチすれば、子どもの『好き』をまっすぐ伸ばせるかも」と日々工夫を重ねた結果、口コミが広がって自然と教室が大きくなっていきました。

そんな中、コロナ禍をきっかけにある画家の先生のもとへ絵を習いに行って。そこで改めて、自分で絵を描くことに没頭する楽しさに気付いたんです。
最初はアクリルを使った抽象画を熱心に習っていて。そうして描き続けるうちに、今度は生徒たちの発表会だけでなく「自分自身の作品も発表してみたい」という想いが強く湧き上がってきました。そこから一気に展示に向けて描き始め、昨年に初の個展を開催したんです。
その時に行き着いたのが、キャンバスに水彩絵具を乗せるという現在の作風です。
自分らしい表現はまず道具から

-ここからは、実際の作品制作について伺っていきます。現在使われている画材を選んだ理由はなんでしょうか?
和佳香:自分にとって一番良い表現ができる道具は何だろうと考えた時に、やっぱり水彩絵具の透明感がいいなと。それに加えて、最近は天然鉱物でできた絵具をよく使っています。
ここにあるのは全部、アメリカの「DANIEL SMITH」というブランドのもの。あと、これはイタリアの「NILA COLORI」という、天然鉱物を使って手作りされている絵具です。
実は、私自身も作ってみたことがあるくらい、こうした天然鉱物の絵具に魅了されているんです。
-えっ、ご自分で絵具を作られたんですか?
和佳香:はい。緑と青の顔料を混ぜて、モネを彷彿とさせる色を作ったりして。
そのほかにも、最近は日本画の顔料を使ってみたり、雲母を入れたりして、自分で色を作っています。水彩絵具って、こういう風にオリジナルの色を作るプロセスがすごく楽しいんですよね。
だからこそ、自分で作った「好きな色」を使って、花や草を表現しようと思いました。天然鉱物から作られた絵具は、やはり自然のものを描くのにすごく相性がいいなと感じています。
ラピスラズリからできたブルーや、マラカイトのグリーン。そういった美しい色を画面に塗っているだけで、すごくテンションが上がりますし、描いていて本当に楽しいんです。

キャンバスに水彩で描く
-水彩画といえば、一般的には水彩紙などに描くのが主流だと思いますが、和佳香さんはキャンバスがメインなのですね。
和佳香:私がキャンバスを使いたかったのは、紙に描いて額縁に入れるという、カチッとしたスタイルにしたくなかったからなんです。キャンバスに描くことで生まれるラフさや、気取らない自然な雰囲気がすごく好きで。
それはおそらく、以前にキャンバスへアクリル絵具で抽象画を描いていた時期があったからだと思います。キャンバス特有の良さを残しつつ、でも水彩絵具も使いたい。どうすればいいかと考えたときに、行き着いたのが「下地」でした。
水彩絵具がしっかり定着するように、キャンバスにジェッソ(下地材)を塗ってみたらどうだろうと思って。色々と試行錯誤しながら、下地作りから自分で手掛けるようになりました。
今でもかなり厚めに塗るようにしていて、何層も重ねて仕上げていきます。

山田:近くで拝見すると、植物をなびかせる風を感じられるようです。
和佳香:あ、そこに気付いていただけたのは嬉しいです。実は、このジェッソを塗る際にあえて残した筆の跡を、花の形や草の筋として作品にそのまま活かしているんです。
最初はきれいに塗って、乾いたあとにヤスリをかけて平らにしていました。でもある時、「このツルッとした質感よりも、もっとでこぼこした立体感や表情が欲しいな」と思い立ち、描きながら今のスタイルに変えていきました。
こうして作ったこだわりの下地に、水彩絵具を重ねて仕上げていきます。実物の作品を見ていただくと、よりその下地の質感や、絵具による「層」の深みを感じていただけると思います。
花が呼び起こす、思い出の風景を描きたい

ー 和佳香さんは主に草花を題材にされていますが、その理由やどういうところに着目して描いているのか、という点をお伺いできたらと思います。
和佳香:幼い頃は、庭にいつも花が咲いていて、家の中にも当たり前に飾ってあるような環境で育ちました。今振り返っても、私が花や自然を好きなのは、間違いなくその頃のことがベースにありますね。そういった愛おしい記憶が残っているからこそ、今も花をテーマに描いているんだなと感じます。
大切にしているのは、形を正確に写し取るような「リアルで写実的な花の絵」を描くことではなくて、「その花にまつわる思い出や記憶」を描くということです。
例えば、クチナシや沈丁花、バラ、金木犀って、どれも独特のすごく良い香りがしますよね。もうすぐクチナシの季節ですけど、あの香りを嗅ぐと、一瞬で当時の記憶が蘇るんです。
「子どものころ、あの公園にたくさんクチナシが咲いていて、嗅いだらすごく良い匂いだったな」とか。そういった記憶や良かったことって、私の場合、香りと強く結びついているんですね。そう考えると、花って「記憶の器」のようなものなのかな、と思っていて。
ー 記憶の器、ですか。素敵ですね。
和佳香:だから花を描くときは、目に見える形だけじゃなくて、そこにある記憶や空気感みたいなものを一緒に描いていきたいんです。そうすることで、私の絵をきっかけに、観てくださる方の中にある同じような思い出が呼び起こされたらいいな、と。
以前、「学校へ行く道の校門まで、ずっとクチナシが咲いていたのを思い出しました」と言ってくださったお客様がいたんです。そのとき「あ、私と同じような感覚を、絵を通して受け取ってくれたんだな」と嬉しくなりました。観た人が何かを感じられるような余白をあえて残す絵にしたいな、と思っています。
作品制作の過程は人生そのもの

ー 色々な想いを込めながら描かれていると、筆を置くタイミングが難しくなるというお話もありました。最終的に作品を「完成」とするポイントは、いつもどのように決められているのですか?
和佳香:もちろん、細かく描こうと思えばどこまでも描き込めてしまうので。だから、ある程度まで描けたら、一度自分の部屋に飾ってみるんです。
一歩引いて生活空間の中で眺めてみて、「あ、ここをもっとはっきりさせたいな」とか「このボワッとしたニュアンスは狙い通りだな」とか、客観的にオッケーだと思えたらそこで手を止めます。ずっとキャンバスに向かい合っていると、どんどん描きたくなるので、意識して1回離れるようにしています。
なんというか、「言い訳がましい絵」になっちゃうんです。あれもこれもって、色んな要素や色を詰め込みすぎて。そういうときは、キャンバスを水でザーッと洗い流して、消しちゃうんです。
ー えぇー!そうなんですか?もったいないと思ってしまいます…。
和佳香:一度は「これでいいかな」と思っても、少しでも引っかかる部分があると、ずっと嫌な感じが残っちゃうんです。だから、思い切って流します。今ここにある絵も、実は何回も流しているんですよ。
最初は菜の花畑をイメージして、強く光るような画面にしようと思ってガッと黄色を塗ったんです。でも、毎日見ているうちに「ちょっと黄色ばかりが主張しすぎて強いな」と感じて。それで水で流して、今の感じに変えていきました。
そうすると、「あ、落ち着くな」って自分でも思えて。春から初夏にかけて、自分の気持ちがだんだん変わっていったんだと思います。
あらかじめ完成図を決めてそれを見ながら描くのではなくて、描きながら使いたい色やイメージがキャンバスの上でどんどん変化していくんです。
もちろん、きちんと販売して、お客様に責任を持って絵をお届けするというプロ意識は持っていますが、制作の根底にはリラックスした「自由さ」が強くありますね。
ー その自由さやリラックスした空気感が、観る人にも豊かな余白として伝わるんでしょうね。
和佳香:本当に、自由に観てもらいたいなと思いますね。元の黄色もすごく好きだったんです。でも、毎日眺めているうちに「もっとこうしてみたい、こう動かしてみたい!」という衝動がどうしても抑えられなくなっちゃって(笑)。
もちろん失敗して「前のままで良かったのに」と思うリスクもあります。でも、学生のころ、課題の途中経過を先生に見せて「これじゃダメだ、一度壊してやり直せ」と言われて実際に画面を壊した経験があるんです。
結果的に、そのおかげで過去の表現を引きずらずに、より良いものができた。だから、最近は一度作った画面を壊して流すことが全く怖くなくなりましたね。

水で洗い流す前の、当初描いていた作品写真。
ー なるほど…なかなか表からは見えない、本当に奥深い舞台裏ですね。
和佳香: 私の絵の先生も、アトリエにある綺麗な下絵を「これ気に入らないから流すつもり」って仰るんですよ。プロの方でもそうやってリセットするんだなと。
気に入らないものを上からいくら修正しようとしても、絶対に良くは戻らない。どんなに重ねても汚くなっていくだけなら、一度まっさらにしたほうがいい。これは、人生と同じですよね。

山田:一度水で流したあとに、うっすら残った色の風合いが、また新しい絵に良い味を出したりするような効果もあるのでしょうか?
和佳香:あ、その通りです!素晴らしい!よく分かってくださいました。 ピンクや紺色のような強い色って、水で流しても完全には落ちきらずにキャンバスに残るんです。
でも、それを「残っちゃって嫌だな」とネガティブに捉えるんじゃなくて、「じゃあ、この残った色をどう利用しようか」と考えます。良い風に転がるといいな、って。
例えば、自分が上から緑色を塗ったときに、下にうっすら残っていた紺色と混ざり合って、「あ、なんて深みのある良い緑色ができちゃったんだろう!」みたいな(笑)。「先に紺を塗ってから緑を重ねると、こういう表情になるんだ」っていうのが分かってきたりします。
ー なるほど。その手法自体が、日々の新しい色作りや学びに繋がっているんですね。
和佳香:そう、本当に日々勉強で、学びです。「失敗から学べ」っていうのは、まさにこのことだなと実感しています。この作品も今、流したり変えたりを繰り返している最中なので、なかなか進んでいなくて((笑)。
キャンバスの上のあたりのタッチが少し変わっていて面白いんですが、実は線の表情や茎のニュアンスを出すために、彫刻刀で画面を削っているんですよ。下地にジェッソを厚めに塗って層を作っているからこそ、こうして削る表現ができるんです。

ー 上のほうにある濃い黄色の部分は、全体を水で流す前に塗られていた部分ですか?
和佳香: はい、あそこはあえて残している部分です。
山田:残された黄色と新しく重ねた色がグラデーションのようになっていて、とても綺麗です。
和佳香: 最初はあえて上下を逆さまにして置いてみたりもしたのですが、やっぱり私はこの向きのほうがしっくりくるみたいです。
ー 足元に自然が広がっているような、不思議な広がりを感じます。
和佳香: そう、俯瞰して見るような景色が好きなんですよね。私の他の作品もそうですが、床に置いたキャンバスを、上から立って見下ろしているような広がりのある構成を意識しています。
だから制作する時も、よくキャンバスを床に置いて、自分も立って上から描いているんですよ。イーゼルに立てかけて見るのとは、やっぱり視界の広がりが全然違うんですよね。
「自分がこの地面を踏みしめたところから、景色がもっとこう広がっていったら面白いかな」とか、色々とイメージが湧いてきます。
ー ちなみにこちらの作品は、今後どのあたりを足していこうと考えられているのですか?
和佳香: うーん、自分でもここから足すのか、逆に引くのか分からないですね。今はちょっと制作を保留にして、様子を見ている状態です。
もしかしたら、毎日眺めた結果「やっぱりこのままがいいかも!」ということもあるかもしれませんけどね(笑)。
最初から綺麗に描くというスタイルよりは、さまざまな色が混ざり合ったり、過去の色が残っていたりする方が魅力的。なんだか、それも人生と同じだなって思うんです。
少しよどんでいるところがあるからこそ、明るい光の部分が引き立って綺麗に見える。全部が最初から綺麗な色だけだと、上っ面だけの「あぁ、綺麗だね」で終わっちゃう気がして。
絵ってもっと、その人の人生を感じさせるような深みがあるべきなんじゃないかな、って思うんです。
ー …心に染みます。
山田: 本当にそうですね。色んな経験を重ねてきたからこそ辿り着ける表現であって、それをこうして絵で見せていただけるのは、たくさんの方にとって勇気や希望になると思います。
和佳香: ありがとうございます。自分のこれまでの積み重ねが、そのまま絵に出るんでしょうね。
下地が面白い効果を生んでくれたり、自分しか知らないこと、自分だけの発見が絵に落とし込めている状態が理想ですね。
「こんな風にできちゃったんです、見てください!」というワクワク感を、これからも絵に出していきたいなと思います。

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