2019.9.12

アーティストの素顔

「画家×印刻師」の二刀流。色彩に込める想いと、迷いの先に導き出した答えとは?
アーティスト・上原菜摘インタビュー

 NOMALライター 吉田

ペン

NOMALライター 吉田

群馬県の高崎市にある「述章堂」というはんこ屋さんにやってきました。
 

述章堂は、1887年明治20年創業、132年もの歴史を誇る手彫り印章店です。

*画像をクリックすると「述章堂」のHPへ行きます。

 
今回は、明治から代々続くはんこ屋で修行をする傍ら、アーティストとしても活躍中の上原菜摘さんへのインタビューです。
 

 

ガンジス川のほとりで迎えた3.11

こんにちは〜。



こんにちは!ここまで来るのに遠かったでしょ!ありがとうございます、わざわざ来ていただいて。




いえいえ。電車も空いていたしあっという間でしたよ(2時間)。それではさっそく、アーティストになられた経緯からお伺いしてもよろしいですか?



はい。子供の頃から絵は好きだったので、その流れで美術短大に入りました。卒業後は就職したけど、海外の美術館を巡りたいなぁって思ってたから、お金貯めて1年で辞めてすぐに海外に半年行きました。



けっこう自由ですね。



帰国後はバイトしながら絵を描こうと思ってたけど、どっちも中途半端でダメ人間になっちゃって。その後は4年くらい花屋で働いたかな。



急に花屋。花が好きだったんですか?



いえ、全然。



なんなんすか。



あはは(笑)。花屋なら世界中のどこでも働けるかなぁと思ってたの。でも今度は、花屋の仕事が忙しくて絵を描く時間がなかったのね。どんな形でも絵は描き続けたいと思ってたのに、結局26歳までほとんど絵を描かずに過ごしていました。



なるほど。



でも本当は、自分の絵に自信がなかっただけなんだ。仕事が忙しいのを言い訳にして、自分の作品を発表するのが怖かった。逃げてる自覚もあったし。



そこから、なにか絵を描くようになったきっかけが?



結局花屋も辞めて、3ヶ月くらいインドに行ってたんだけど…その時に日本で東日本大震災が起きて。



インドで知ったんですね。



そう。ガンジス川のほとりにヒンドゥー教の神聖な場所があって、そこでは遺体を火葬して川に流すの。ガンジス川は聖なる川だから、人間も動物もいろんな死体が毎日のように流れてる。その光景と日本からの報せが相まって、ものすごく生死について考えるきっかけになったの。



インドに行くだけで価値観変わるって聞くけど、震災も同時にってのはなかなかハードですね。



ね。それで、「明日死んじゃうかもしれないのに逃げてる場合じゃないな」って思うようになったの。これが、ちゃんと自分の絵と向き合おうと思ったきっかけかな。


帰国後は、全国を周って沖縄や名古屋のゲストハウスに壁画を描かせてもらったり。短期間だけど、NYの学校に通ったりもしたね。



アーティストになるための修行期間のような感じですね。



修行中、名古屋のゲストハウスで上原さんが描いた壁画

 

29歳、芽生え始めた5代目としての自我

ところで、来たときから気になっていたのですが、この入口にある…書ですか?ひときわ存在感を感じさせますね。



ありがとう!それは去年、毎日書道展(日本最大の書道展)に出した作品です。刻字部門で「毎日賞」っていう一番良い賞をもらった作品なんだ。



へぇーすごい!はんこ屋の修行の一貫でということですよね。いつごろから家業を継ごうと意識し始めたのですか?



インドから帰国後の2〜3年後、29歳あたりだね。全国を周りながら絵の修業をしたり、地元で公開制作とかをしていました。


ちょうどその時、2年半付き合っていた彼がバイク事故で亡くなったの。ガンジス川や震災の時も考えさせられたけど、身近な人が亡くなる経験は初めてでした。



それはつらいですね…



つらかったね。それで、なんだか急に「今、父が亡くなったら後悔する」って思ったの。当時父は60歳で、実家は100年以上続くはんこ屋の老舗。厳しい世界だと父からは聞いていたけど、それでも代々受け継いできた家業として印章業を守りたいと思うようになって、29歳から修行を始めました。



とはいえ父はまだまだ元気だけどね。この世界は若い世代が少ないし、そもそも彫れる人も少なくて希少価値があるから、やりがいはあるよ。はんこ屋としてもアーティストとしても、覚悟を決めて続けます。



気迫が伝わりました。カッコいいっす。



ありがとう(笑)。それと、さっき話した毎日書道展で賞をもらった時に、主催の毎日新聞社の会長さんから「伊良部島のゲストハウスにある絵を描いた子だよね?」って話しかけられたの。



すごい偶然!



だよね!はんこ屋と絵で、全然違う分野なのに繋がることもあるんだなと思ってすごく嬉しかった。


伊良部島のゲストハウスで上原さんが描いた絵


そういえば僕も沖縄のゲストハウスに1週間くらい泊まったことありますよ。



え!もしかして月光荘?



月光荘です(笑)。



えーすごい!絵を描きながら少しだけお手伝いしてた時期があったからさ。



また思わぬところで繋がりができましたね(笑)。

 

心に深く刻まれた“ある日の夕暮れ”

以前、弊社の創業記念パーティーで上原さんの描いた壁画のあるお店が二次会の会場でした。素人ながらに見入っちゃいましたが、どういう経緯であの絵を描かれたのですか?



もともとはWASABIの平山さんがあのお店から壁画の依頼を受けて、そのイメージに近かったのが私でした。平山さんやお店の人と話し合いながら絵の方向性を決めた結果、和食屋さんということもあったので、「稲穂」をテーマにしました。



上原さんの作品は色鮮やかなものが多い印象がありますが、そこにはなにか想いがあるんですか?



そうですね。見た人がポジティブになってほしいって想いがあるかな。特に壁画を見る人の場合は、美術館や個展と違って自分の絵に興味がない不特定多数の人が多い。だからポジティブなイメージは強く持ってるかな。



たしかにこの色使いを見て落ち込むことはなさそう。そもそも絵に興味がない人の目に触れる場所にあるのが壁画の良いところですね。



そう。それでね、私の心の中に深く残っている出来事があるの。



なんでしょう?



公開制作をしていた時期、夕方の買い物帰りのおばちゃんが来たことがあって。私の絵がちょうど外から見えるようになってたんだよ。そこで私の絵を見たそのおばちゃんが5分くらい足を止めて、まるで日常から離れたような表情で見惚れてて。



なるほど。



普段の日常生活って良い事ばかりじゃないし、生きることは大変だと私も毎日実感して生きてる。 だけどあのおばちゃんは私の絵を見て一瞬でも日常から離れることができたり、刺激を受けたり、 前向きな感情を持ってくれたように見えたことがすごく嬉しかった。



だから、私の心の中には、いつも買い物帰りのあのおばちゃんがいるんです。



なんか良いですね、すごく情景が浮かんでくるお話でした。

 

誰かに合わせるのではなく、自分が納得したものを

壁画の他にもライブペイントもやるとお聞きしました。



ライブペイントは、お客さんの反応が近くで見れるから良い!本当に音楽のライブと一緒で、自分が形にしたものに対してすぐ反応がある。それこそ良い意見も悪い意見もね。

2018年 山人音楽祭でのライブペイント作品


どんな意見があったんですか?



「すごく綺麗ね!すばらしい!」って言われた5分後に「こんな酷い色使い見たことない、最低だわ」とか。笑



また随分と極端ですね。



でもね、ライブペイントを通して「人の評価がいかに当てにならないか」が分かった気がする。どっちの意見も最初は驚いたけど、本当に人それぞれなんだと思ったし、人の評価に振り回されるのがバカバカしいとも思いました。



たしかに。



2019年 ZODIACFESTIVAL2019でのライブペイント


人の目が怖くて自分の作品を発表できない時期があったから、ライブペイントで気軽に意見を言ってくれる人たちには救われたかな。結局、自分が納得したものを出すしかない。悪く言う人の意見に合わせて作品を作っても、また違う人が悪く言うし。どこに合わせても全員が満足するものは永遠につくれないってことだと思いました。



発表できない怖さを克服できたのは、自信がついたからではなくて、そこに気づけたからってことなんですね。



そうだね!



ありがとうございます。では最後に、アーティストとしての今後の展望は?



壁画をもっとやりたい!…とかじゃなくて?



全然そういうのでいいです。あるだけください。笑



なんだろうな。私の人生の目標は「死ぬまで表現を続けること」なんだ。はんこ屋を守りながらも絵を描き続ける。忙しいことを言い訳にしないで、どんな形でも続けるのが大事だと思うからさ。



いいですね。



あとはやっぱり、心の中にいる “買い物帰りのおばちゃん”みたいに、見た人がポジティブな気持ちになれるような絵を描き続けたいです。それと、自分が見て感動できる絵を描いていきたいです!



ありがとうございます!はんこ屋さんの修行とアーティストとしての活動、どちらも応援してます!

 

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